消化管グループ

研究活動

体表面に傷のない軟性内視鏡手術 (NOTES: Natural Orifice Transluminal Endoscopic Surgery)が全盛であった2009年から、Kagawa NOTES projectを組織的に設立し、知財・特許・工学部・微細工学センター・医学部が一同に会し、様々なデバイスの開発から商品化に進み、産学官・医工連携を展開してきました。これらの領域は、世界的にも内科・外科の枠にとらわれない新たな消化器病学として、開発から製品化まで競争し合いながら発展しつつあります。これらの潮流に遅れないように、個々が意識を持って研究した成果として、2012年APDW(Asia Pacific Digestive Week)、 2013年UEGW(United European Gastroenterology Week) にて国際学会賞を受賞しています。
当科の研究は、以下の3本柱で成り立っています。

  1. 現臨床レベルでの創意・工夫による新手技の開発
  2. 産学官・医工連携による次世代医療機器の開発
  3. 消化管癌の病態解明・バイオマーカー・創薬を目指した基礎研究

研究テーマの一覧を下記にに示す。これらは、すべて我々が常日頃、小会話の中で、培っている発想力・着眼点から生まれた斬新な研究であり、当科の特色の最たるものであります。

~3本柱~

  • 現臨床レベルでの創意・工夫による新手技の開発
  • 産学官・医工連携による次世代医療機器の開発
  • 消化管癌・炎症性腸疾患の病態解明・バイオマーカー・創薬を目指した基礎研究

~主な研究内容~

  • 経管腔的軟性内視鏡手術(Pure NOTES)実現に向けた動物実験
  • 医工産学官連携プロジェクトチーム:Kagawa NOTES projectによる内視鏡機器開発(軟性内視鏡用・全層縫合器、カウンタートラクション器、内視鏡関連発明機器等)
  • マイクロマシン技術(MEMS技術)を利用した医工学の共同開発(香川大学工学部微細構造デ バイス統合研究センターとの提携)
  • 管腔内デリバリーステーションシステムの開発
  • ESDにおけるリング糸を用いたカウンタートラクション法
  • 食道胃静脈瘤に対する内視鏡的血管離断術
  • 術後消化管狭窄に対する減張切開術
  • 消化管狭窄に対するステロイド予防効果
  • 難治性消化管疾患に対するOTSC systemの有用性
  • 胃粘膜下腫瘍に対する粘膜下トンネル生検法
  • ヒルシュスプルング病類縁疾患診断におけるOTSC systemを用いた内視鏡的腸管全層生検法
  • ESD術後創面閉鎖の有効性及び閉鎖手技に関する検討
  • 消化管癌に対するメトホルミン/ガレクチン9/降圧剤ARBの抗腫瘍作用に関する基礎的検討
  • 消化管疾患(癌・GIST・炎症性腸疾患)における網羅的microRNA解析から導かれる病態解明

1.現臨床レベルでの創意・工夫による新手技の開発

まず①の代表的な臨床研究を紹介します。
ESDにおける粘膜下層剥離をより簡便かつ安全に効率良く遂行しうるリング糸を用いたカウンタートラクション法(以下リングカウンター)を森 宏仁講師が考案しました。本法は、進入口の粘膜flap作成後,予め8-10mmに作成したリング糸を鉗子口から病変近傍へ配置する.続いて病変辺縁の健常粘膜にクリップ固定後,十分な脱気を行い, 管腔の対側粘膜へリング対側をクリッピングすることで, 送気時に良好なカウンタートラクションが得られる。トラクションが緩んだ折には、あやとり式でトラクションの追加が可能な斬新な手技であります(図4)。また、周在性の広い病変のESD後狭窄の新たな解決法として、局注による穿孔のリスクを最小にしたステロイド塗布による食道狭窄予防法やESD後幽門狭窄に対する線状瘢痕対側の健常粘膜を切開後、治癒瘢痕予防としてのステロイド局注を組み合わせた減張切開術も考案してきました。


[図4]

更に、消化管粘膜下腫瘍(submucosal tumor: SMT)における研究が盛んに行われています。既存の組織採取法で診断しえなかったSMTが,手術結果で進行胃癌であり術式変更を余儀なくされたこと,また,術前診断しえなかった良性腫瘍が,診断目的の過度の外科手術を受けている現状から、下層に侵入するESD手技が,下層主体に発育するSMT診断に応用できると着想しました。そこで粘膜下層に小さなトンネル、いわば粘膜フラップ{*Sumiyama K, et al. GIE 2007;65:688-94}を作成し腫瘍視認下での安全・確実な組織採取法,以下,粘膜下トンネル生検法が、小原英幹講師により考案され、その有用性を示してきました(図5).本法により,これまでに内視鏡でみえなかった腫瘍が視認できるという特色から、各SMT疾患における腫瘍自体の内視鏡視認下像の分類を提唱するに至っております.さらに,GISTにおける核分裂数,Ki-67の病理学的評価に必要な内視鏡下組織検体量の検討として,GISTの免疫学的かつKi-67悪性度評価に最小限必要とされるGIST組織の連続一切片の検体面積値は0.17 mm2の結果が導かれています。


[図5]

当科の特筆すべき研究の一つにOTSCシステムの臨床導入が挙げられます。消化管の難治性出血、穿孔、瘻孔、縫合不全の適応において2009年より軟性内視鏡用全層縫合器であるドイツのOvesco社からOTSCシステムが発売されました(図6)。これまでの消化器内視鏡の技術では、これらに対する救済治療は困難とされ、主に侵襲の大きな外科手術が選択されてきました。そこで、我々は、全層縫合に関する当科の研究と相重なって、動物実験での使用経験後、2011年に薬事認可とともにいち早く臨床導入し本邦で初めてその臨床的有用性を報告してきました(図7,8).本システムは、内視鏡用止血クリップなどの既存のデバイスと比較し、消化管壁全層に対し強力な組織把持力を有する特性により、欠損孔を持続的に閉鎖できます。具体的には、病変径が2㎝以上で、止血用クリップでは創面縫縮困難な十二指腸ESD後創面に対して、OTSCによる創面縫縮が、遅発性偶発症予防に十分な効果を示し、その十二指腸治療のハードルをひとつ克服できる可能性を報告してきました。現在、新たな研究としてヒルシュスプルング病類縁疾患診断におけるOTSC systemを用いた内視鏡的腸管全層生検法の開発も進めています。したがってOTSCは,新世代の低侵襲内視鏡治療の幕開けとなる画期的なデバイスであります.詳細は、当科の西山典子ら著:日本消化器内視鏡学会雑誌 総説58巻6号 Page1135-1148(2016.06)を参照下さい。


[図6]

[図7]

[図8]

2.産学官・医工連携による次世代医療機器の開発

次に②の機器開発について述べます。
近年,内視鏡分野にbreak throughをもたらした本邦発祥のESDは,ほぼ確立され、新たな局面を迎えています。そこで、ESD困難な瘢痕病変や胃間葉系腫瘍をターゲットとしたESDの枠を越えた軟性内視鏡単独の超低侵襲内視鏡手術いわばNOTESの確立に向けて全層切除手法及び縫合機器開発に取り組んできました。

前述の産学官・医工連携チーム:Kagawa-NOTESにおいて、全国に先駆けて本邦初の軟性内視鏡用・全層縫合器の開発(図9)と、術野確保のためのカウンタートラクション器の開発を進めてきました。特に、全層縫合器の開発は、動物実験による良好な研究成果を挙げ、薬事認可も視野に入れた最終段階に入っています。OTSCシステムは、慢性経過の硬い組織を有する瘻孔の臨床的治癒率は約5割と低く,限界も指摘されており、本縫合器の期待感が高まっています。また、これまでに、Kagawa-NOTESの成果として右側臥位下での重力を利用したU字管マウスピース(エンドレスキュー)が商品化され、水没する病変に対する内視鏡治療への有用性が示されています(図10)。


[図9]

[図10]

3.消化管癌の病態解明・バイオマーカー・創薬を目指した基礎研究

最後に③の基礎研究について述べます。
これまで当研究室では,正木 勉教授の指導下に各種消化器癌と生活習慣病(糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎など)に関する基礎研究が推進されてきた.特に抗糖尿病薬メトフォルミンの胃癌,食道癌,肝癌などに対する抗腫瘍抑制効果とそのメカニズム,細胞周期の破綻,レセプター型チロシンキナーゼの増強,癌遺伝子の活性化さらに関連するマイクロRNAに関する研究を行ってきました.
当科の藤原新太郎助教は,4 種類のアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)(テルミサルタン,イルベサルタン,バルサルタン,ロサルタン)を3 種類の食道腺癌細胞株に対して細胞増殖アッセイを行い、テルミサルタンのみに抗腫瘍効果がみられ、G1細胞周期タンパクを抑制することを発見した。その作用機序としてmicroRNA-301a-3p を介したAMPKαリン酸化と下流域のmTOR/p70S6K のリン酸化を抑制する(図11)ことで抗腫瘍作用を発揮することを実験系で実証し、テルミサルタンの化学予防薬としての可能性を見出しています。


[図11]

また、臨床検体を用いたtranslational researchを進めています。
SMT診断において臨床的には,疾患比率的に悪性の素質を有するGISTと良性平滑筋腫の鑑別意義は大きい.前述の粘膜下トンネル生検法の特色は,従来の組織採取法に比較し,小さな腫瘍でも腫瘍視認下に確実な純検体を得ることが可能な点であります。
これまでに,当科の藤田浩二助教による実験系で、トンネル生検にて確定診断された低悪性度GISTと平滑筋腫7例のヒト組織サンプルを用いて2555種類のmiRNAのクラスター解析にてGIST群と平滑筋腫群は明瞭に分離しました(図12a).更に2555個のmiRNAのうち, GISTは平滑筋腫に比較し,20倍近くmiR-140 family(5p,3p)が特異的に発現しており、これらの定量的real time PCRでも有意差が確認されました(図12b).基礎研究に適したその純検体を用いてmicroRNAの網羅的解析を行い,有意発現した特異的microRNAが新たな血清学的鑑別マーカーとしての可能性を探索しています。


[図12a・b]

研究業績

香川大から世界へ

執筆活動も、多数の英語論文がpublishされ、世界に発信しています。この研究の推進には,若手研究員と連携した研究チームが不可欠になります.モチベーションの高い若手研究者の存在が大きな力となっています.実臨床のみならず学会活動,論文作成等,ともに,長い時間を共有しています.社会貢献できる研究をという同じ志を持ち,Boys be ambitiousの精神を持つ若手研究者とともに,「香川大から世界へ」を合言葉に医学貢献できるよう加速力を持って研究を進めていく所存です。