肝臓グループ

当グループの研究方針

研究面では主に大学院生や留学生による基礎的な研究と臨床スタッフによる臨床研究に分かれている。基礎的研究では以前から行っている各種悪性腫瘍における細胞周期関連タンパクのプロテインアレイやmicroRNAアレイを用いた網羅的な遺伝子発現解析を行っている。さらに同定したmicroRNAを高発現させたトランスジェニックマウス用いて、実際にin vivoレベルで疾患の表現型を変化させるかどうかについても研究を開始している。またウイルス性肝炎患者に対し、抗ウイルス療法により、増減するmicroRNAを同定することで、効果予測マーカーの探索、および治療難治性のウイルス肝炎患者に対する新たな治療薬の開発のための研究を行っている。さらに最近は次世代シークエンサをいち早く導入し、各種消化器癌の病期ごとの全エクソンシークエンス解析を開始している。今後は臨床に直結する研究、すなわちトランスレーショナルリサーチを目指していく方針である。臨床研究では香川県立中央病院や日赤との共同研究として行っているNASHに関する研究や岡崎生理学研究所および三菱化学との共同研究である新規腫瘍マーカーの開発などの研究、脈管浸潤を伴う高度進行肝癌に対する放射線治療併用の動注化学療法の検討、各種慢性肝疾患におけるファイブロスキャンを用いた非侵襲的肝繊維化の評価などが進行中である。

主な研究内容

  • 肝細胞癌を含めた様々な肝疾患におけるマイクロRNAの網羅的解析
  • 肝癌細胞に対する抗糖尿病薬メトホルミンの抑制効果について
  • 肝癌に対するガレクチン9の抗腫瘍効果について
  • 非アルコール性脂肪性肝炎の進展及び発癌を抑制するGalectin-9の作用機序に関与するターゲットマイクロRNAの同定。
  • B型慢性肝炎に対するPEG-IFNα2aの有効性に関する検討
  • 治療難治性ウイルス性肝炎に対する新規治療薬の開発
  • 切除不能進行肝細胞癌に対する放射線治療併用動注リザーバー治療の検討
  • NASHにおける新規治療薬の開発

基礎研究

1.肝細胞癌を含めた様々な肝疾患におけるマイクロRNAの網羅的解析

肝細胞癌細胞株を含む様々な消化器癌細胞株を用いて、細胞増殖抑制のみられた薬剤添加前後のマイクロRNAを比較し、細胞の増殖に関わるマイクロRNAを2555分子の搭載されたマイクロアレイチップを用いて解析し、ターゲットとなるマイクロRNAを同定する。また得られたターゲットマイクロRNAをmimicおよびinhibitorを用いて、増減させそれが本当に細胞増殖や抑制に関与するかどうかを検討している。またそれらマイクロRNAの下流域にある細胞周期関連蛋白の変動についても同時に解析している。

2.肝癌細胞に対する抗糖尿病薬メトホルミンの抑制効果について

我々の教室では糖尿病治療薬であるメトホルミンの抗癌作用についてもin vitro、in vivoレベルで検討している。肝細胞癌細胞株にメトホルミンを添加し、細胞増殖を抑制することを見出し、また同時にそれに関わる細胞周期関連蛋白の有意な変化を認めた。また同時にメトホルミン投与前後のマイクロRNAの変化を比較検討し、メトホルミンによる肝癌細胞増殖抑制に関与するマイクロRNAを同定した。さらに、その効果をin vivoでも調べるために、ヌードマウスに肝細胞癌細胞株を移植、メトホルミンの投与により、著明な腫瘍増殖抑制効果を認めている。

3.肝癌に対するガレクチン9の抗腫瘍効果について

我々は免疫学講座とガレクチン9の肝癌における抗腫瘍効果についても、積極的に研究している。肝癌細胞株(肝細胞癌株、胆管細胞癌株等)にガレクチン9を投与し、レセプター型チロシンキナーゼアレイ、血管新生分子アレイを用いて、蛋白レベルで細胞内での増減を検討し、数種類の分子が変動することがわかってきている。またガレクチン9投与により、直接的に細胞増殖を抑制することを見出し、同時にそれに関わる細胞周期関連蛋白の有意な変化を認めた。また同時にガレクチン9投与前後のマイクロRNAの変化をマイクロアレイにて比較検討し、ガレクチン9による肝癌細胞増殖抑制に関与するマイクロRNAを同定した。

4.非アルコール性脂肪性肝炎の進展及び発癌を抑制するGalectin-9の作用機序に関与するターゲットマイクロRNAの同定

これまでNASHの進展機構や慢性肝炎からの肝癌進展の分子機構の解明、特に免疫調節作用のあるGaletin-9等を用いたNASHの進展を抑制する分子に対する研究をSTAMマウス(NASH進展、発癌マウスモデル)を用いて行ってきた。特に肝組織内のマクロファージ(Kupffer cell)からのGalectin-9分泌が、肝内での腸内細菌の逆行性感染に対する過剰な免疫応答を抑制し、脂肪性肝炎の進展を調節していることを見出した。さらに、それらの作用機序と密接に関与する、新たなターゲットとなり得るマイクロRNAを解析し、臨床治験前の動物実験を押し進めてきた。これらの研究により、NASH進展からの発癌予防には、Galectin-9を含む様々な薬とともに、マイクロRNAの関与が強く示唆されている。よって新しい視点による、NASHの進展、またはNASHからの発癌機構の解明とターゲットとなり得るマイクロRNAをターゲットとした新たな治療薬の開発を行っている。

臨床研究

1.B型慢性肝炎に対するPEG-IFNα2aの有効性に関する検討

B型肝炎については、①ALT持続正常化、②HBe抗原陰性かつHBe抗体陽性、③HBVDNA増殖抑制という短期目標達成においては現在非常に強力なHBVDNA増殖抑制作用を有する核酸アナログであるエンテカビルやテノホビルが第一選択薬となっており、経口薬であるため治療が簡便であり短期的な副作用がほとんどない。また以前のラミブジンの様な耐性変異出現率が極めて低い。したがって当科で治療を行っている活動性HBVキャリアーの多くの症例において上記2剤のいずれかを用いている。若年使用例における挙児希望の際にもテノホビルはエンテカビルより安全性が高いとされており臨床現場における薬剤選択が非常に楽になってきている。但しテノホビルには長期投与にともなう低リン血症や腎機能障害に注意する必要がある。B型肝炎の最終治療目標は慢性肝不全の回避ならびに肝細胞癌発生の抑止、およびそれによる生命予後並びにQOLの改善である。この治療目標を達成するために最も有用なsurrogate markerはHBs抗原であり、抗ウイルス療法の長期目標はHBs抗原消失である。しかし核酸アナログ投与ではこの長期目標達成率が一般的に低い。テノホビルはエンテカビルよりHBs抗原消失率が高いとされているが十分に満足できる成績ではない。そこでIFN製剤の出番となる。IFN製剤は継続投与が必要な核酸アナログとは異なり期間を限定して投与する事で持続的効果を目指す治療であるが、さらに長期経過でHBs抗原が陰性化する確立が核酸アナログに比べて高い。現在ではPeg-IFNα2aが中心的に使用されているが、従来はシーケンシャル療法としての使用が多かった。また従来は35歳以下の若年者に効果が高いとされ年齢により適応を判断していた。現在このような考え方は改められ、HBs抗原量やその他各種ウイルスマーカーにより治療効果が期待できる症例を選別して年齢によらずIFN適格であれば積極的に使用している。当科でも、シーケンシャル療法にこだわらず適応と判断した症例においてはアドオンの形でPeg-IFNを導入し、HBs抗原消失において、従来より良好な成績を上げており現在各症例の解析を詳細に進めている。

2.治療難治性ウイルス性肝炎に対する新規治療薬の開発

C型慢性肝炎患者では平成25年9月からゲノタイプ1型に対するIFNフリー、DAA(Direct Acting Antivirals)2剤併用療法であるダクラタスビル+アスナプレビルを開始した。従来のIFNを含むレジメで無効であった症例やIFN不適格、不耐容の症例においても導入し、安全にしかも高い抗ウイルス効果を確認している。さらに平成27年以降はゲノタイプ2型の難治例に対するソホスブビル+リバビリン併用療法、下のタイプ1型に対するソホスブビル+レジパスビル併用療法やオムビタスビル+パリタプレビル併用療法も開始となっている。これらの治療はわずか12週で治療期間が終了するレジメで、SVR率が95~100%と非常に強力な治療法である。平成28年度にはゲノタイプ2型に対しても、オムビタスビル+パリタプレビル+リバビリンの16週投与が可能となり、2型の腎機能低下例にも、DAA治療の適応が拡大してきた。一方で、いくつかのレジメにおいては耐性ウイルスの問題が残ってきている。すなわち治療に失敗した場合に多剤、高度耐性のウイルスが残り、以降の治療薬でのレスキューが困難となることが問題視されている。我々はそれらDAA製剤投与前後でのmicroRNAを解析することでウイルス排除過程に関与するターゲットmicroRNAを同定し、治療難治性のウイルス性肝炎患者に対する新たな治療薬となり得るかについて研究している。

3.切除不能進行肝細胞癌に対する放射線治療併用動注リザーバー治療の検討

肝細胞癌の治療については肝外転移を伴ったChild-Pugh A患者では分子標的治療薬であるソラフェニブ、またその無効例に対してはレゴラフェニブが導入されるようになった。本薬剤ではCR、PRは少なく、ほとんどがSDとなり、副作用が強い点が特徴であり、その使用においては十分な注意が必要である。進行肝癌に対しては肝動脈塞栓術、動注療法を行っているが、使用する抗がん剤については従来のシスプラチン(アイエーコール)に加えて、新しいシスプラチン微粉末であるミリプラチンが導入された。この薬剤はリピオドールで溶解しての動注が認められた初めての薬剤であり、リピオドールへの溶解が極めて容易で投与しやすく、また腎障害などの副作用が少ないことが特徴であり、個々の症例に合わせて適宜シスプラチンとミリプラチンを使い分けている。また、最近ではDrug-eluting beads-trasarterial chemoembolization (DEB-TACE)を5㎝以上の巨大な肝細胞癌に対し、積極的に行っている。当科における肝細胞癌治療において特筆すべきは門脈腫瘍栓など脈管浸潤を伴うような進行肝癌に対する放射線療法を併用したリザーバー動注療法である。レジメンとしてはNew FP療法を使用している。2009年以降当科では50症例近くNewFPをレジメンとしたリザーバー動注を行い、門脈腫瘍栓や肝静脈腫瘍栓を伴う様な症例に対して従来は有効な治療手段がなかったが、当科ではすでに36にリザーバー動注+腫瘍栓に対する放射線治療を施行し高い奏効率が得られておりCR例も見られ予後も有意に延長している。肝細胞癌に対する治療方針は診療ガイドラインに基づいて決定しているが、肝障害度Cに対する救済手段として、消化器外科の協力の下、摘脾術(HALSを含む)を行い、肝予備能の改善を図った上でさらに治療を進めていく当科独自のガイドラインを作成している。

4.NASHにおける新規治療薬の開発

近年の食生活の欧米化や運動の不足により、肥満の人の割合が増えている。肥満に合併するメタボリックシンドロームにより、糖尿病、脂質代謝異常、あるいは高血圧等の疾患も誘導されており、大きな社会問題になっている。また、メタボリックシンドロームによる肝疾患として、非アルコール性脂肪性肝疾患(non-alcoholic fatty liver disease ; NAFLD)や肝細胞障害、炎症細胞浸潤や線維化を伴う非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatitis ; NASH)があげられるが、その病態については、まだまだ不明なことが多く、有効な治療薬は未だ確立されていないのが現状である。Sodium glucose co-transporter 2阻害薬 (SGLT2阻害薬)イプラグリフロジンは2型糖尿病に使用されるインスリン分泌に直接関与しない、新しく開発された薬剤で、腎の近位尿細管での糖の再吸収を抑制することで、高血糖を改善する。また動物実験レベルではSGLT2阻害薬投与にて、NASHモデル動物でのNASスコアの改善が最近報告されている。一方、NASHの正確な診断、治療効果判定のためには肝生検は非常に重要であり、最近連続肝生検によるNASHの治療効果の判定が行われるようになってきている。当科では、肝生検にてNASHと確定診断された糖尿病合併患者に対し、通常診療として糖尿病治療薬であるイプラグリフロジンを投与している。並行して、運動、食事療法で治療されているNASHに対し、臨床パラメーター、および肝の組織学的な改善効果を検討し、イプラグリフロジンの有効性、及び安全性について解析している。つまり、糖尿病を合併するNASH患者に対し、糖の腎排泄を促進、血糖調節するイプラグリフロジンを使用することで、糖尿病合併NASH患者に対して有効性が確立され、新たなNASHの治療薬となりうるかを検討中である。